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2014年8月 1日 (金)

心境

 泣くということに関して、西田幾多郎も「人生の悲哀」という言葉を

使いながら触れています。
 人生の悲哀というものを、決して無視してはいけない。
 悲哀からはじまる思想があり、悲哀からはじまる哲学がある。
だから、人間の悲哀というものを、単にセンチメンタルな状況として

考えるだけではだめだ、と彼は言っているわけですが、

それは非常に達見だと思うのです。

 いつのころからか、世の中が乾いてきたようです。湿度というものを

嫌う時代に入ってきたという実感があります。

 しかし、湿度というのは、人間が生きるうえで必要不可欠なものでしょう。

潤いのある肌や、鼻腔が湿っていることは健康の証とされますが、カラカラに

乾ききった空間というのは、やはりとても息苦しいように思うのです。  人間が生きていくうえで、湿りけというものは絶対に必要です。そして、

泣くこと、涙することも、実は大事なことなのです。

 泣くことによって解放される心のわだかまりもある。  明治の森鴎外は、文学者としても最高の権威者であり、官の道でも帝室

博物館総長をつとめたり、軍医総監をやったりと、大変有能な人物でした。

 ヒゲをはやし、娘と散歩する時にも必ず軍服に着替えるほど威厳にこだ

わる人物でしたが、その彼の言葉のなかに、大変こころに残っている一節が

あるのです。 「中夜、忽然(こつぜん)として座す。無言にして空しく涕洟(ていい)す」

 夜中に座敷の片隅に一人で悄然と座っている。そして、何もいわずに空しく

泣きじゃくる。
涕洟とは、

 慟哭とも違う、鼻水も涙もぐじゃぐじゃにして泣くありさまのことです。  あの鴎外大先生が、自分自身でそのような文章を書き、それを皆が読む。

 「そうか、鴎外先生のような大家にしても、一人で夜中に滂沱(ぼうだ)と

涙を流して泣かれることがあるのか。
ましてや 我々のごとき庶民が、毎日泣きたい思いで生きていたとしても、

なんら おかしいことではないな」

 と、こんなふうに、読者はますます鴎外に対する尊敬と共感の念を深くした

であろうと、私は勝手に想像しているのです。  最近は、出版される本の帯などによく、「必ず泣けます」などと書いて

あるのを見ますが、その疑似体験としての涙と、鴎外のいう「涕洟」とは、

やはり根本的に違うような気がします。 鴎外先生、大先生と呼ばれ、だれからも尊敬されても、人間のこころの

虚しさは消えない。
 地位、名誉、権力をすべて手にしたというのに、それでもこころは乾いて、

ひび割れていく。 なぜなのか、自分でもわからない。
 ひとは、なんのために生きるのか。  
深夜、座敷の片隅で、子供のように泣きじゃくる鴎外の背中を想像しながら、

今日もそのことを考えているのです。                                  出典:五木寛之著 「きょう一日」 徳間書店


見誤った・・・





妻は若くて綺麗だし

子どもは可愛いし

自分も体力があり

意欲や気力が充実してた

父も母も 毎日元気に畑で笑顔を見せていた

子育てに 仕事に夢中で 気付かなかった

両親に 向き合う時間を とれなかった

 そして 忘れていた

 時間は経過することを

唐突にその日はやってきた

 兆候も見せずに

母が倒れた 

 死の淵を彷徨い迷った挙句 幸か不幸か 命はつながった

しかし ただで帰してはくれなかった 一人では 立ち上がれなくなっていたのだ

そして 気付いた

父の衰えた姿に

 母の意識が戻らぬ 3カ月余り 父は毎日毎晩 泣いていた

息子の前で 酒を飲み 途方に暮れて泣いていた

 父は強くなくては 父ではない

  父の情けない姿に 腹が立った 違う意味で 泣きたくなった

栄枯盛衰世の習いとあるが

 時とは残酷なものである

両親の衰えは 今でも 信じたくない

 しかし 現実は・・

  
   やれやれ 今を 一つずつ 乗り越えて行こう

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コメント

現実直視

振り返っても、時は戻りません。

「今」を一生懸命生きるだけです。

じいさん(父82歳)は 腰がまがって 小さくなってきた。
でも歯医者へ行くだけで病気知らずで健康で ありがたいです。
現実を見つめると悲しいけれど おたがいに 親孝行をしましょう。


(ノ_-。)わかります。
お父さんにとって、やっぱりお母さんは
カブしゃんにとってのマツコ様と同様。
喧嘩したって、なにくそこの野郎!って日もあったとしても
長年連れ添って、苦楽を共に寄り添い支え合ってきた唯一の人。
あたしの両親もそう。いいことばかりじゃなかった人生。
母が脳梗塞、交通事故、心臓発作と立て続けに命の境を彷徨い
6年余りの闘病と、父は言うこと聞かない半痴呆の母の介護の日々。
去年、母が他界した後も父にとっては母との思い出だけが生きる糧。
毎日のように送られてくるメールには、母のことばかり・・・・。
自分の身体も思うようにならない老体にムチ打ち、弟と甥の食事を作る父。
必死で今を生きている父に只々、感謝と尊敬の言葉を繰り返し返信している日々です。
父の事を思うと泣けてきます。
近くで、そういう両親の姿を見てるカブしゃんの辛さ分かる。
傍に居てあげられなかったあたしは薄情者と、今も自責の念に苦しんでいます。
どちらも、切ないね。

どんな時も1日1日を大切に生きる。
老いは必定。
つらい現実でも、大切な家族だから乗り越える価値がありますね。

ふんと、親も年とるのよねー(。-_-。)
としの割りには、若く見える…とか思ってたけど
今じゃ、すっかり頭は白くなり
背中も丸まり、同んなじこと繰り返し言うし
ジジババに…時間て残酷って思ふわ…
それでも、親子の関係は変わらないからね
大事にしないと…と思ふわ

カブさん^^おっはよ^^
温度差・・って言葉があるよね。自分が感じてる温度と他人が感じてる女度が違うように考え方や性格はまちまちなのよね。その人が何を楽しく思うのか悲しく思うのかはやっぱりそれぞれだろうね今から25年前に私の母も倒れた。たったの2、3時間苦しんだだけで亡くなっちゃった。弟は泣きじゃくるし、父親は茫然自失だった。私の悪いところで自分が頑張らなくちゃ、しっかりしなくちゃ、って思っちゃったのよね。でも、みんなの前では気丈に振舞っていたけど一人になったらわんわん声を上げて泣いたわ。子供みたいに。そのまま眠っちゃって、あ、夢だったんだ、夢ならいいのにって思った。未だ51歳だった母が亡くなるなんて思いもしなかったもの。
若い頃は自分の親が年取るなんて思わなかったし認知症になることも早死にすることも思いもしなかったわ。
私は母親の年齢を超えちゃったけど、母の方が今の私よりもしっかりしてた気がするのよね。
施設によっては認知症にかかると手間がかかるから転院を勧められるところもあるね。うちは未だ60歳代の父を入所させる施設がなかなか見つからずに大変だったわ。なんで、一生の最後に苦しい目に遭わなければ、外にも出られずに自由を奪われなきゃならないのか、それを思うとつらいよね。まして親のことなんだもん。私たちも行く道なんだけどね。。

こうして普通の日常を過ごしているとあれはなんだったのか?
と毎日思う。
だけど現実
悶えながら死にたい死にたいと言いながら毎日泣いた
不思議なもので泣くとお腹が空くのよね
この3年でうんと太って
おとうより元気になった^^
これも現実
人の生死に関してあまり興味が無くなったのも現実
人は老いて必ず死が来る
ずっとそんな風に思っていたけど
そうではないことを身を持って教えられた
我慢しないで泣くことは生きてうえで
必要なことなのに、周りは泣くことを許してはくれないのよね~!
だけどいろんな面でできるだけ後悔しないようにしていきたい

カブさん今日は、初コメになります。いつも楽しく読ませていただいています。
日々大変がんばって、いる様子がとても楽しく和んでいました・・・マツコさんとの会話・・独り言か・・・、仕事中の出来事、と楽しく呼んでいますが、とりわけ今日のブログは心に染み入る文章になっています・・人生遅きに失することはなし・・ありがとうございます・・これからも、読み逃げになると思います。
暑い中お身体大切にお仕事頑張ってくださうね。

若くてきれいな妻も今じゃ・・・でしょ 
親もそれだけ年老いて行くのよ。。。
自分だってね(;;;´Д`)ゝ

中年ライダーさん 四季の野草さん Peeちゃん samさん 姫乃さん
風みどりさん mokoさん エムエムさん 音姫さん 皆さん どうも~

解っちゃいるんだけどね
 知らない方が幸せなこともある 
  親の庇護の下 自分だけの世界で生きてた 幼少の頃が懐かしい
深い ため息が出ることもあるのよ・・・ (u_u。)

うん…
よ~く分かる。
「あれ?いつのまにこんなに小さく、弱くなった?」って
ふと気付いた時
胸が締め付けられるような気持ちになる。
父はとうに亡くなっているけれど
今も過ぎた時間を悔やむよ。
もう少し、話をしておけばよかったって。
位牌に話しかけても、答えてくれないからね。

夫婦仲も良く、子供達も元気にすくすく育って、
真面目に仕事して、笑顔たっぷり幸せなこと。
それが一番の親孝行だと思います
子供の幸せは自分の幸せやもん(。・w・。 )

うちのじいじは、でかいまま、動けんくなりよるけん
そら恐ろしいずら^~~((+_+))
だれも、きっと、動かせまへぬ~~~
母上も、口ばっか達者で……ああ、グチになるけん
やめとこう…20年後の自分の姿じゃわ

え?
あたしの心境見透かした?
と思ってしまったわ。

ふたりとも元気ではあるけれど、
ふと、そう思うときがあるの。

そしてこれからのことを考えると、、、、、
「考えても仕方ない」ことだけれど「考えてしまう」の。
そういう年齢になったんだな、、、と思います。

自分の体のガタをすこしでも改善しておかないといけない
と思いつつ、
乱れた食生活、だらけた生活で体力がつきません。。。 (∩´∀`)∩

今、出来ることをやっておこう、、、、と。

つぶあんさん みーしゃさん ちゃちゃさん MOCHAさん どうも~

 そして 改めて 

  コメくださいました 皆さん ありがとうございます

一人ひとりに 真摯にコメ返すべきなのでしょうが
 切り替えることができないのです

ブログは マイペースで続ける予定です
 だって 愚痴ブログですから ここで 発散させているのです
応援してくださる 皆様に 感謝です 

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