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2015年4月18日 (土)

仏教 番外編  

青年僧よ、坐禅に取り組め                                       


 寺のお詣りは、年寄り、とりわけ おばあさんということに相場が

きまっている。  ところが坐禅会だけはちがう。大本山総特寺の場合について言うと、

日曜参禅会はもちろんのこと、連日のように個人や学校や会社などの

参禅者がおし寄せて来る。日本国中だけでなく、いまや外国からの

申し込みも多い。しかも宣伝らしいことをしないのに、どこからともなく

つぎつぎに申し込んでくるのが特徴である。
 宗救ばなれしたといわれる現代の若者やインテリ層。実は彼らこそ、

最も魂の救済を求め、生きる力となる真の宗教をさがしているのだ。

理屈や物質や肉体の快楽だけでは、どうにもならない心の渇き、むな

しさ。それをからだで実感している。坐禅をすれば、どうにかなるか

もしれないという期待感をいだいて、禅門を訪ねて来るのだ。  宗教ばなれした若者やインテリ層を魅きつけるには、ずばり言って、

坐禅と規律ある禅寺生活が一番よい。坐禅という絶対的な切り札のある

ことを、宗門憎は今こそ再確認しなければならない。
 坐禅というと精神に筋金をいれる、厳粛で窮屈なものという観念が、

一般にもたれている。事実、坐禅の初心者に感想を聞くと、百人のうち

九十九人までが、足が痛かった、緊張したと言う。
 型のごとくキチンと、威儀を正して坐ることは大切なことにちがいない。

しかし初心者にもいちように、なれない足をむりに組ませて我慢を強い、

これに耐えるのが坐禅だと教え込んでいないだろうか。
 また樫の棒(警策)でビシビシ肩を打ちつけ、緊張をもり上げることが

きびしい坐禅修行だと思いこませているのであるまいか。このようなやり

方にも、確かに意味もあり、また効果もある。  しかしこのことが、坐禅とは特殊な場での特殊な修行という観念を育てて

しまっている。そしてこのことが、坐禅のプロであるべき宗門人にさえ、

坐禅を敬遠させる結果になっている。  坐禅指導には、さまざまなタイプがあるのはむしろ当然である。

今ここで遠慮なく私見を申し上げると、坐禅とは身も心も最も安楽にし、

安心し切っている様子であると言いたい。全身心を開放して自然な息づ

かいでおることである。
 坐禅の究極は安心解脱にある。しかしそこまで徹し切れなくとも、

腰のすわりをキチンとして背骨をまっすぐに端坐しただけで、おのず

と精神がスキッとして来る。気を落着かせようと、自分からあせらな

くとも、いつしか落着くようになっている。
 坐禅のあの姿勢が、身も心も風通しのよい、こだわりのない人間にする

微妙なはたらきを持っている。
 最近は、心理学者や精神医学者が、坐禅のすばらしさを科学的データに

示して発表している。やがては、仏教のなかの、禅宗の坐禅としてではなく、

身と心の最も正常で安定したすわりとしての坐禅を、科学者が全世界に紹介
する時代がやって来るに違いない。
 精神科医に厄介になっている患者に、坐禅や禅寺の規律ある生活をさせれば、

その大半がいきいさとした健康人に立ちもどることを、私は確信して疑わない。
 坐禅というと、指導者の家風や室内に微妙なちがいがあって、それをお互に

批判し合うきらいがあった。今はそんな派閥根性にとらわれて、足のひっぱり

合いをしているときではない。坐禅という一点で、みんなが大同団結し、
一人でも多くの人々に呼びかけ実行するときである。
 いまさいわいに、「曹洞宗青年会」という青年僧侶の新しい力が芽生えた。

坐禅こそがご開山以来の命脈である。
この命脈にまともに取り組み、真剣に生きようとする青年会であって欲しい。

それでこそ、宗門の正流として大きな意義ある発展を期待できよう。  時代の風潮や大衆に迎合し、目先きが変っただけのお茶をにごす運動に

終っては、この青年会の将来は予測がついてしまう。
 「時代を先き取りする」ということの、正しい着眼を誤ってはならない。

坐禅の大衆化を核とした運動に焦点をしぼり、一途に努力してもらいたい。  この地道な努力を着実に積みかされることなくしては、社会をリードする

宗門にはなれない。社会に寄生する集団になり下がってしまう。  過日、大本山総持寺より派遣されて、関東地区の青年令研修に参加した。

そこで若い諸大徳の良識に満ちた盛り上がりを目のあたりにし、非常に感激し、

また頼もしく思った。
 その賛美の辞は知っているが、あえて「坐禅に取り組め」と、最もきびしい

策励をもって諸大徳の覚悟を問う次第である。             出典:板橋興宗著 「〈いのち〉を微笑む」 春秋社 

まっ 

 とかく この世は 禅問答だわな
(o・ω・)ノ))

ただね

宗教って

 金を集める集団になったら お終いよ ♪



		

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コメント

お葬式に坊さん来てもらったら200000円
法事のお経が25000円 お車代が5000円 御膳料が5000円
どう考えても 坊主丸儲け(。・w・。 )
税金も要らんし、、、うちの裏のお寺さん
年に1度の家族旅行は海外へ
息子と娘は私学へ
自家用車はセルシオ ( ゚д゚)、ペッ

音姫さん どうも~

根落ちしておりました~

現世は夢か 幻か・・・ ってな気分です (;´Д`A ```

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