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2015年11月11日 (水)

イスラム教 14 東欧・中央アジア

他宗教に寛大だった オスマン帝国は 領内にさまざまな宗教信者を抱えていた

 600年にわたる支配の間に 他宗教から イスラム教に改宗する人々もおり

  複数の宗教が 混在する地域も現れた

そうした 他宗教混在地域のひとつが 現在の ボスニア・ヘルツェゴビナである

オスマン帝国の衰退期に いち早く独立を果たした バルカン半島諸国では

 セルビア人など 南スラブ人の連合国家(ユーゴスラビア)がつくられた

第二次世界大戦後には ユーゴスラビア連邦となったが 連邦内の共和国である

 ボスニア・ヘルツェゴビナでは 

  オスマン帝国時代に改宗した イスラム教徒が多数派を占めていた

彼らは 民族的にはセルビア人やクロアチア人であったが 

 宗教で結びついた 独自の民族意識を高め

  1971年には 一民族(ムスリム人)として認められた

その結果 ボスニア・ヘルツェゴビナには 

 ムスリム人(44%) セルビア人(32%) クロアチア人(18%)が

  混在する国となったのである

20世紀までは 宗教や民族の対立は表面化しなかったが

 冷戦直後の 1992年 

  ボスニア・ヘルツェゴビナでは ユーゴスラビアからの独立をめぐって

   3民族が対立する紛争が勃発

争いは 95年のデイトン和平合意によって終結したものの 

 現在も3民族の対立は続いている

一方 マルクスが「宗教は精神的なアヘン」などと唱えたことから

 共産主義のソ連では 宗教は否定的に扱われてきた

しかし 連邦内のイスラム教徒たちは 信仰を捨てることなく 

 ソ連崩壊後に誕生した中央アジア諸国家には 

  イスラム教徒が大半を占める国も多い 

   イズベキスタンなどでは 過激なイスラム復興運動もみられるようになり

    イスラム国家樹立を目指す 武装勢力のテロも起きている

Photo
1932年 東トルキスタン独立運動
     しんきょう
 中国の新疆 ウイグル自治区などに住む トルコ系イスラム教徒による独立運動

 一部は 過激なテロ行為にも及んでいる

1991年~  中央アジアのイスラム復興運動

 ウズベキスタンなどでは ウズベキスタン・イスラム運動(IMU)や

 イスラム解放党(ヒズブアッタハリム)などが イスラム統一国家の樹立を目指して

  反政府武力闘争を繰り広げている

1992年~1995年 ボスニア紛争

 ユーゴスラビアからの独立を志向する ムスリム人らと 

 それに反対するセルビア人の対立が 紛争に発展した


1994年~ チェチェン紛争

 イスラム教スンナ派が大半を占める チェチェン共和国がロシアからの独立を目指したが

 石油パイプラインが通る要衝でもあるため ロシアが独立を認めず 紛争となった
 1999年 第二次チェチェン紛争勃発  10年後 終結


自爆テロ攻撃

 イラクの宗派間の対立などのニュースで耳にするのが「自爆テロ」

 コーランやハディースでは 自傷行為や自殺は禁じられているが

 ジハード(聖戦)で死んだものは 来世で楽園に行けるとされている

 自爆テロは レバノンのシーア派民兵組織「シズブッラー」が始めた攻撃手段だが

 その際に こうした殉教の教えが悪用され 

  以後 他の過激派組織にも 模倣されるようになったのである

ただし こうした攻撃が イスラム教で正当化されているわけではなく

 多くのイスラム法学者(ウラマー)は 非難している

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コメント

自爆テロ…
こないだ「永遠のゼロ」で特攻隊と自爆テロは違う!!って力説してる場面があったけど…、
やっぱりなんか、自爆テロって大量殺人としか思えないわ…。

ヒンズー教??
9月に来たベジタリアンが また来た・・・
鬼の攪乱で風邪ひいて ココログタイムが無い

つぶあんさん 音姫さん どうも~

 ちょいと 鬱気味 (;;;´Д`)ゝ

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