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2015年11月 6日 (金)

イスラム教 13 中東

「西欧世界の進出で変容した 中東地域のイスラム教」

 近代以後のイスラム世界は 欧化政策による改革や 

  イスラム復古運動を加速させていった


近代から現代にかけてのイスラム世界は いち早く近代化に成功したヨーロッパ列強の

 帝国主義支配や 二度の世界大戦 東西冷戦といった 世界情勢に翻弄されることとなる

こうした中 イスラム発祥の地である アラビア半島や その他の中東地域では

 オスマン帝国の崩壊と前後して ヨーロッパの近代化に追随する勢力も現れたが

  そうした動きに相対するように 初期のイスラムの伝統に立ち返ろうとする

   復古主義が 各地で台頭し始めた

「ワッハーブ派の運動とイラン革命」

18世紀に入り ヨーロッパ諸国に 次々と領土を奪われたオスマン帝国は

 

ヨーロッパの文化を取り入れる 欧化改革を進めた

しかし その一方で アブドゥル・ワッハーブは

「ムハンマドの時代のイスラム共同体(ウンマ)に返れ」として

 伝統への回帰を唱え アラビア半島内陸部を拠点に ワッハーブ派を起こした

彼の運動は 有力部族のサウード家に支援され 一時は アラビア半島全域を征服した

 その後も 各地のイスラム復古運動に影響を与えたほか

  1932年には サウード家による サウジアラビア建国へと結びつき 今に至る

一方 20世紀のイスラム世界に衝撃を与えたのは

 

1979年のイラン革命だ

アメリカの支援を受ける パフレビー王朝に対し シーア派の法学者(ウラマー)であった

 

ホメイニが抵抗運動を指導

  

イマーム(宗教指導者)が不在の場合は 法学者がそれに代わる という

  

「法学者の当地論」を唱え 政教一致の国家体制を目指して 王権を妥当したのである

この革命は 世俗主義をとる周辺諸国に「革命の波及」を懸念させ 

 イラン・イラク戦争の勃発に至った

1979年


 イラン革命      シーア派の法学者 ホメイニによる 王制妥当とイスラム主義革命

              以後 イランは 欧米と敵対するだけでなく 周辺イスラム諸国とも

              距離を置くことになる


1996年~2001年

 タリバン政権     アフガニスタンで台頭したイスラム主義組織

              2001年 米軍の攻撃を受けて 政権は崩壊したが

              近年ふたたび勢力を盛り返している


2003年

 イラク戦争       アメリカが大量破壊兵器保持疑惑を理由に 

               サダム・フセイン率いる バース等政権(スンナ派)を打倒

               これまで弾圧されていた シーア派が台頭 

               激しい宗派間対立が 今なお続いている

 
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タリバン

 1989年のソ連軍撤退後 アフガニスタンで起きた内戦を制して政権を掌握したのが

 「神の道を求める者たち(神学生)」を意味するタリバン勢力であった

 彼らは 隣国パキスタンのイスラム神学校で 宗教教育と軍事訓練を受けた者たちであり

 イスラム復古主義による世直しを唱え 独自の解釈によるシャリーアを厳守する政策を

 推進した

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コメント

難しい勉強してたら
ちと気が晴れるでしょ
精神的に 毎日リトル・カブの子守りをするのが1番やと思うけど(≧∇≦)

宗教学習は遥か昔に終わってたと思ってたのに
ふんと、気晴らしやなーー(≧∇≦)
年内にすっきりして
新しい年迎えられるやん!!
前向きにー前向きにやぞ〜@(・●・)@

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