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2015年11月18日 (水)

イスラム教 15 インド・東南アジア

インドでは ムガル帝国の時代に イスラム化が進んだが

 ヒンデゥー教が 依然として強く 

  20世紀初頭の イスラム教徒は人口の20%ほどであった


18世紀ごろから イギリスによる植民地化が進められたインドでは

 19世紀末ごろから 独立の気運が芽生え始めた

しかし インド国内のイスラム教徒は マイノリティになることを恐れ

 やがて 「二民族理論」

        (ヒンドゥー教徒とイスラム教徒は 宗教だけでなく 社会・文化を異にする

         民族だとする理論)


  を唱えて 分離独立を志向するようになる


一方 商人らの活動で イスラム教が伝えられた 東南アジアでは

 13~17世紀ごろにかけて しだいにイスラム教が広まり

  現在のインドネシアでは 世界最多のイスラム教人口を擁する国となっている

ただし 東南アジアにおける イスラム教の信仰度は

 地域によっても 温度差があり 

  インドネシアのアチェ州などでは 世俗国家から独立して 

   イスラム国家を目指す 独立運動も起きていた

イスラム教では 血縁関係よりも 信仰によって結びついた共同体(ウンマ)が重視され

 イスラム教徒たちは 断食など 五行を通じて 一体感を強めてきた

こうした一体感は やがて独自の民族意識へと発展し

 民族自決の高まりとともに イスラム教徒による独立運動が 激化していった

さらに イスラム教は 政治を含む あらゆる人間活動を規定する宗教であり

 政教一致を理想とする面がある

  こうしたことも 独立派が世俗国家を離れ イスラム国家樹立を目指す一因と考えられる

Photo
1947年 インド・パキスタン分離独立

 インド・ムスリム連盟による 1940年のラホール決議の結果

 イスラム教徒が多数を占める インド東部(現バングラデシュ)と

 北西部がパキスタンとして分離独立


1947年~ カシミール問題

 印パ分離独立に際し 藩王はヒンドゥー教徒だが 国民の大半はイスラム教徒だったため

 カシミール藩王国の帰属問題が勃発


1953年~2005年 アチェ独立運動

 アチェ自由独立運動(GAM)などによる 

 アチェ州の分離独立 および イスラム共和国樹立をめざす運動 2005年に和平成立


2002年 バリ島爆破テロ


2004年~ タイ南部の独立運動


 マレーシアと国教を接する タイ南部で 

 分離独立を主張するイスラム過激派によるテロが頻発


2005年 バリ島爆破テロ

 イスラム同胞団を意味する地下組織(ジェマ・イスラミア)による爆破テロ事件

 東南アジアにイスラム共同体をつくることをめざし 各地で活動している


※ バングラデシュ

現在のバングラディシュは パキスタンの州のひとつ(東パキスタン州)として独立した

しかし インドを挟んで 1600kmも離れた両地域は 宗教のつながりはあるものの

異なる民族同士であった また 政治・経済の主導権は西パキスタンが握っており

こうしたことに反発した東パキスタンのベンガル(バングラ)人は

1971年に独立を果たしたのである

 

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